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陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

高尾山トレーニング
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               * 高尾山麓の街と田辺湾


1月11日(土)、2月の屋久島トレッキングのトレーニングとして、高尾山に登った。

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午前8時前に、秋津野ガルテンを出発し、

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舗装された車道を登った。
ここからは、高尾山はすぐ目の前だ。
だが、高尾山の山頂まで、5.5㎞の道のり。
したがって、往復11㎞のトレーニングコースである。

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上秋津はみかんの産地である。

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温州みかんの収穫はほぼ終わり、これからは晩柑(ポンカン、デコポン、八朔など)の収穫時期となる。

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キンカンもスズナリ。

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高尾山の懐に抱かれるように、集落がある。

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高尾山が冷たい北西風を遮ってくれるのだ。

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登るにつれて、田辺の街と海が見えてくる。

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本日は風もなく、少し靄が立っている。

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この道から高尾山に登るのは初めてなので、私には新鮮だった。

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午前10時50分、606mの山頂に到着。
さつまいもやバナナなど食べて、休息をする。

帰りも同じ道を下る。
コンクリートの車道のため、硬くて足にくる。
椎の実など拾いながら、午後1時ガルテンに戻った。

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ガルテンでの食事は、ヘルシーで、美味しかった。
ゆっくり食事をしてから、マンションに帰った。

    2020.1.11           くまお

追記1

今回のトレーニングで、ふくらはぎの筋肉痛になった。
次回は、秋津川からのトレーニングをする予定である。

追記2

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この時期になると、テニスの先輩が自家のキンカンを持ってきてくれる。
キンカンを食べると風邪をひかないと言われているが、その通りである。
実も甘くておいしい。
昔は、「みかん買うたら皮やるぞ、キンカン買うたら実やるぞ。」と言われるほど、キンカンの実は酸っぱかった。

   〽 みかん キンカン 酒の燗 嫁を貰わにゃ働かん

そういえば、こんな歌がラジオで流れていたなあ。

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なばなの里・伊賀上野城(高退協バス旅行 その3)完
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                    * なばなの里


11月18日(日)、伊勢の答志島から鳥羽港へ、そして、バスでなばなの里へ向かった。

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この時期の見どころは、ベゴニヤ館と夜のイルミネーション。

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ベゴニヤ館へ入ると、大花のベゴニヤがずらりと並んでいた。

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頭上には、大束のベゴニヤのハンギング。

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豪華という他はない。

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水面に映る様もいい。

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花好きな人にとっては、入場料1,000円の価値はあるなあ。

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ベゴニヤの他に、ユリの花の特別展示や

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フクシャなど

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ベゴニヤ館の外には、バラやダリヤなどの花壇があった。

花見疲れの身体をバスのシートに凭れさせながら、伊賀上野城に向かった。

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午後3時半過ぎに、伊賀上野城に着いた。

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ここでも、紅葉が見頃であった。

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藩祖藤堂高虎は、慶長13年(1608年)、伊予国から伊賀国に移封となった。

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藤堂高虎は、高さ三十メートルの高石垣をめぐらし、豊臣方に備えた。

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天守閣から眺めると、

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伊賀上野の町が一望される。

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伊賀上野城に別れを告げ、

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城内の俳聖殿に向かった頃、小雨が降ってきた。

     * 初時雨猿も小蓑を欲しげなり  芭蕉

一行を乗せたバスは、午後5時帰途に就いた。
午後8時、田辺のマンションに戻った。
円成寺・柳生の里・答志島・なばなの里伊賀上野城とめぐり、充実した一泊二日のバス旅行となった。

      12019.11.18         くまお


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柳生の里・答志島(高退協バス旅行 その2)
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                * 柳生家の菩提所  芳徳禅寺


11月17日(日)、紅葉の円成寺から柳生の里に向かった。

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 臨済宗(大徳寺派)の芳徳禅寺は、柳生但馬守宗矩(むねのり)が、亡父石舟斎宗厳(むねよし)の供養のため創建した寺で、開山は宗矩と親交のあった沢庵和尚である.。(芳徳禅寺のパンフレットより)

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早速、柳生家の墓所を訪ねた。

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柳生但馬守宗矩や息子の柳生十兵衛三厳(みつよし)の墓もあった。

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そののち、一刀石まで足を延ばした。

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天乃石立神社があって、その奥には、

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一刀石と

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説明札。

柳生宗厳(石舟斎)は、剣豪で、柳生新陰流の開祖である。
柳生宗矩は、徳川家康・秀忠・家光の三代将軍に仕え、将軍家剣術指南役となった。
そののち、柳生但馬守宗矩は、大和国柳生藩の大名となった。

柳生の里から三重県の鳥羽市へ向かった。

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鳥羽港からチャーター船で、答志島の和具の港へ。

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答志島は鳥羽港から2.5㎞の沖合に浮かぶ、東西6㎞、南北1,5㎞にわたる伊勢湾最大の島である。
約2,000人が暮らしている。

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その夜は、和具の港近くの「寿々波」旅館に宿泊。
夕食前に裏山を散策。

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潮音寺

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蟹穴古墳などを観て回る。

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暮れ行けば、対岸の鳥羽の港の灯が目の前に。

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夕食は海の幸のてんこ盛り。

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翌朝の風景。

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今回は無精をして、旅館の部屋からの眺め。

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朝食後、和具の港を散策。

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九鬼嘉隆公の首塚へ。

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築上山(つかげやま)遊歩道を上ると、首塚があった。

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鳥羽城主で九鬼水軍の将として活躍した、九鬼大隅守嘉隆公の首塚である。

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父嘉隆と戦った息子の守隆の言葉

東軍に味方した息子守隆は、鳥羽藩の初代藩主として、江戸幕府三代に仕えた。

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首塚の傍らには、ひっそりとつわぶきの花が咲き

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親子間の悲話をみた伊勢の海を、今日もフェリーが通っていた。

       2019.11.18             くまお

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円成寺の紅葉(高退協バス旅行 その1)
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                * 円成寺の楼門と庭園


11月17日(日)・18日(月)、高退協いきいき旅クラブ主催のバス旅行に参加した。
田辺から8名、和歌山から22名、一行30名のバス旅行となった。

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柳生の里による前に、奈良市忍辱山町の円成寺を訪ねた、

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円成寺庭園は、浄土式と舟遊式を兼備した寝殿造系庭園である。

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境内に入ると、

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楼門、

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多宝塔の紅葉も、見事だった。

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本堂(阿弥陀堂)の前で、住職さんの説明を拝聴する。
大日如来坐像は、運慶の若い頃の作で、国宝である。

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私は説明を熱心に聴かず、

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あたりの紅葉に目を奪われた。

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東門の紅葉の大木、

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風情のある東門だった。
旅を終えた後、円成寺の見事な紅葉が、テレビで放映されていたと聞かされた。
最初は旅程になかった円成寺の訪問は、年に一度の1泊2日のバス旅行に弾みをつけてくれた。

       2019.11.17            くまお


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高野三山めぐり(下)
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             * 高野山の紅葉名所  蛇腹道


高野山女人道から下りて、

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高野山奥の院に参拝する。

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金曜日の晴天とあって、大勢の参拝者だった。

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そのうえ、境内の紅葉も見頃であった。

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  * ちゝはゝのしきりにこひし雉の声  芭蕉

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松尾芭蕉の句碑や親鸞聖人の墓も目にした。

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奥の院から金剛峯寺まで、車で移動する。

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高野山の町全体が、紅葉している感じであった。

高野山の紅葉名所 蛇腹道は、

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まさに見頃であった。

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蛇腹道を根本大塔まで歩む。

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三鈷の松の三つ葉を拾う。

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山歩きと紅葉を満喫した一日で、歩数は19,000歩だった。
 
    2019.11.15           くまお

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高野三山めぐり(上)
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  * このたびはぬさもとりあえず手向山紅葉のにしき神のまにまに  菅家


11月15日(金)、高野三山摩尼山楊柳山転軸山)巡りに出かけた。

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午前7時田辺を出発、護摩壇山で休憩。
雲一つない晴天だ。

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午前9時半、中の橋大駐車場から、高野山奥の院の参道へ。

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有名な企業の墓が、参道の両側から目に飛び込んで来る。

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紅葉は見頃、

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期待が高まる。

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先ず、摩尼山(1004m)を目指す。
高野三山は、女人道が御廟を取り巻く山上の聖地である。

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静かな紅葉の道を歩むのは、心地よい。

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摩尼峠に着くと、橋本からの登山者たちに出会う。

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摩尼峠から摩尼山頂までの道は、かなりの急坂だ。

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マムシグサの赤い実。

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午前11時に、摩尼山頂に到着。

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もみじの錦

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午前11時半、東摩尼山に着く。

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上り下りしながら、楊柳山へ向かう。

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紅葉をながめつつ、

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正午前に、楊柳山(1008.6m)に到着。

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山頂は広くて、紅葉もいい。

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紅葉の木の下で、昼食タイムとする。

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子継地蔵から転軸山方面へ。

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杉木立には陽が射し、

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頭上には紅葉の木々。

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三本杉から、どんどん下る。

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いったん道路まで下り、登り返す。

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落ち葉の道を踏みしめて、

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午後1時40分過ぎ、転軸山(915m)に到着。

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小休憩の後、奥の院へ下る。
最後は道がなくて難儀した。(後で気づいたことだが、この道には×印が付いていた。)

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午後2時20分、ようやく奥の院の裏手に出ることが出来た。

     2019.11.15           くまお


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真田庵・真田ミュージアム(西退互バスツアーその3)完
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 *真田庵(真田父子が九度山に移り住んだ庵跡に建つ高野山真言宗の寺院)


昼食後、真田庵へ。

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寺門を入ると、与謝蕪村の句碑が、

    炬燵して語れ真田が冬の陣   蕪村

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ガイドさんの説明。

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真田庵(善名称院)

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* 柿三つ枝に残して真田庵

残された柿は、昌幸・幸村・大助への供物か、鳥たちへの施餓鬼か。
色づいた柿が、とても印象的。

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祀られているご本尊は、延命子安地蔵菩薩である。

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もう一つの句碑

    かくれ住んで花に真田が謡かな   蕪村

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志半ば、この地で没した真田昌幸の墓。

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そして、真田幸村公の碑。

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真田庵を後にして、真田ミュージアムへ。

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NHK大河ドラマでご存知のとおり、展示やビデオを観る。

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「道の駅 くどやま」で休憩。
九度山の郷も柿の里であった。

日帰りのバスは、午後6時田辺に戻った。

     2019.11.7             くまお


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慈尊院・丹生官省符神社(西退互バスツアーその2)
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              * 女人高野 別格本山 慈尊院の山門


丹生都比売神社から、女人高野の結縁寺である慈尊院に回った。。

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山門をくぐると、多宝塔。

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左手には、弥勒堂。
弥勒堂は、弘法大師が木造弥勒菩薩坐像と御母公像を安置するために、創建したという。

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高野山は女人禁制のため、弘法大師は母を尋ねて月に九度やってきたとか・・・・・

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慈尊院jは高野山詣の基点、高野山まで180町ある。

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乳がん撲滅の切実な願いの絵馬が、弥勒堂前にたくさん掛けられていた。

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ここでも、ガイドさんの説明に聞き入る。

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慈尊院奥の石段を上ると、丹生官省符神社(にうかんしょうぶじんじゃ)が鎮座している。

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丹生官省符神社は、弘法大師によって創建された古社である。

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 丹生都比売大神の御子、高野御子大神は、密教の根本道場の地を求めていた弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人に化身して現れ、高野山へと導きました。弘法大師は、丹生都比売大神より、ご神領である高野山を借り受け、山上大伽藍に丹生都比売大神の御社を立て、守護神として祀り、、真言密教の総本山高野山を開きました。(かつらぎ町観光協会)

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近くの町石道には、説明板と179町の町石があった。

      2019.11.7             くまお


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丹生都比売神社(西退互バスツアーその1)
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            * 丹生都比売神社の池に架かる輪橋


11月7日(木)、西退互のバスツアーに参加した。
午前7時田辺を出発、京奈和高速道路のかつらぎ西のSAで休憩。

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柿の生産地だけあって、産直コーナーには柿がたくさん出品されていた。

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紀の川柿が美味しいと聞いて、一つ買ってみた。

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ICを下りて、午前10時、かつらぎ町の天野の里丹生都比売神社に到着。
標高450mの天野盆地に、丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)が創建されたのは、今から1700年前と伝えられている。

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駐車場で、ボランティアガイドの岩倉先生より、神社の説明を聞く。
私はバスの中で、もらった資料を読んでいたので、カメラを携えて、よそ見をする。

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淀君の寄進と伝えられている輪橋

輪橋

神様が渡る橋だそうだが、

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この通り、人間様も渡っている。

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本来は側面から。

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丹生都比売大神が祀られている本殿。

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 神社に祀られている丹生都比売大神は、天照大御神の御妹神で、神代に紀ノ川流域の三谷に降臨。
紀州・大和を巡られ、農耕を広め、天野の地に鎮座されました。丹生都比売大神を祀る神社は、全国に108社、摂末社を加えると180社余を数えます。丹生都比売神社はその総本山です。        (かつらぎ町観光協会)

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本殿の横に回ると、大峯修験者の碑と光明真言曼荼羅碑。

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世界遺産 丹生都比売神社の参拝を終えて、九度山の慈尊院へ向かった。

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天野の里は柿の里でもあった。

      2019.11.7            くまお


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信州諏訪湖・美ケ原・白駒の池をめぐる旅(その3)完
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            * 八ヶ岳白駒の池(標高2,115m)


9月26日(木)、美ケ原高原から北八ヶ岳白駒の池に向かった。
宿泊する白駒荘の電話番号をナビに入れて走ったが、その番号は白駒荘と遠く離れた連絡所の番号だった。
そのためずいぶん遠回りをしてしまった。
国道142号線を長和町方面に走り、国道152号線(大門街道)を茅野市方面へ戻って、やっと白樺湖に着いた。
(本当はビーナスラインを通って、白樺湖へ向かったらよかったのだ。)
数年前連泊した白樺湖畔の宿「君待荘」に立ち寄り、白駒の池へのロードマップをもらい、道順を教えてもらった。
国道299号線(メルヘン街道)を麦草峠まで行き、白駒池駐車場に着いた。

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歩いて20分、やっと白駒荘に到着。
白駒荘には、普通電話が引かれていないとのことだった。
それならそれで、明記してほしいものだ!

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部屋からの眺めは上々。
少し気分を取り戻す。

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夕食の時間までに、池の周囲を散策する。

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水深は8,6m、きれいな水は飲料水になっている。

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白駒荘の裏手で、餌を探す野生の鹿。

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周囲の森は苔の世界。

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静かな水面には、つがいの水鳥。

夕食はもう一つ。冷たい天ぷら。
宿泊は登山客がほとんど。
連泊をキャンセルして、明日帰ることにする。

午前零時ころ、目を覚ますと、きれいな星空。
輝く星は大きく、水面に映っている。
カメラを持ち出すが、残念ながら写っていなかった。

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早暁の風景もよし。

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白駒荘に泊まった甲斐があるというもの。
気分を直す。

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翌27日、チェックアウトをしてから、白駒の池を一周した。

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朝陽に照らされた水面に、霧が立ち昇る。

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森は苔の世界。
苔の会の人たちに出会う。

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八ヶ岳では、485種の苔が確認されているようだ。

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青苔荘には、苔の観察者がよく泊まるようだ。

白駒の池を一周した後、見晴らしの良い高見石(2,225m)へ向かった。

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片道40分のところ、1時間を要した。

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高見石の眼下に白駒の池
紅葉の絶頂は、見事な景色だそうだ。

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出発前に指を怪我したHさんは、めげずに頑張って登り切った。
ばんざい!

高見石小屋で昼食をとって、そのまま帰宅の途に就いた。

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途中、諏訪湖SAで軽い食事をした。
夜の12時前、マンションに着いた。
往復1,200㎞の長い道のりだった。

     2019.9.27               くまお


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