陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

ポーランド紀行10(クラクフから再びワルシャワへ)完
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               * 早朝の クラクフ ヴァヴェル城
 

6月11日(月)の早朝、カメラスポットと聞いて、ホテルからヴィスワ川の岸辺に出かけてみました。
昨日訪れた対岸のヴァヴェル城が、川面に写っていました。

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岸辺を犬を連れて散歩する人、ジョギングする人と出会いました。
その後、ヴィエリチカ岩塩坑を見学しました。(前回)

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ヴィエリチカからクラクフに戻り、クラクフ駅からワルシャワまで列車で移動しました。

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再び、ワルシャワの王宮広場にやってきて、広場近くのレストランで夕食となりました。

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レストラン「ホノラトカ」は、ショパンがよく通ったことでも有名です。

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ワルシャワといえば、ショパンです。

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さすがに感じの良いレストランでした。

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前菜、

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そして、メインディッシュです。
ポーランドの食事には、必ずジャガイモが付いてきます。

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夕食後、ショパンコンサートを聴きました。

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20分ほどショパンの曲を弾いてくれました。

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午後9時半を過ぎると、ようやく日が暮れます。

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ワルシャワの夜との別れを惜しみながら、ホテルに戻りました。

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帰途も、ワルシャワードバイー関空と、窮屈な空の旅をしながら、ポーランド旅行を終えました。

    2018.6.13               くまお

追記

ほとんどの説明文は、徹底ガイド「バルト三国・ポーランド」やパンフレットを参照したものです。

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ポーランド紀行9(ヴィエリチカ岩塩坑)
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       * 大勢の見学者でにぎわう 世界遺産ヴィエリチカ岩塩坑


6月11日(月)、クラクフから15㎞ほど離れたヴィエリチカの岩塩坑を見学しました。

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1996年に閉鎖されるまで700年にも及び、採掘が続けられました。
ヴィエリチカの地下は、全長300㎞以上といわれる巨大な岩塩採掘場でした。

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全体の100分の1ほどの約2.5kmの坑道を歩いて、観て回りました。

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当時の働く人たちや馬、器具などの様子が、模型で再現されていました。

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坑内は肌寒いほどの温度でした。

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深さ101.4mの場所にある「聖キンガ礼拝堂」です。1963年に完成するまで、70年の時間を要したそうです。
シャンデリア、聖像、絵画まで、すべてが岩塩でつくられた地下礼拝堂です。

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堂内にある岩塩レリーフの「最後の晩餐」です。

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ローマ法王 ヨハネ=パウロ2世の像などもありました。

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地下深くには塩湖もありました。

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最も天井の高い場所です。
暗い坑内から、エレベーターで地上に上がりました。

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地上の空は明るく晴れていました。

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集合時間を待つ間、陽気なイタリアの人たちと記念撮影しました。

ヴィエリチカ岩塩坑のような世界遺産は、まさに「百聞は一見に如かず」です。

      2018.6.11               くまお

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ポーランド紀行8(負の世界遺産 アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所)
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              * アウシュヴィッツ強制収容所の門


6月10日(日)の午後、負の世界遺産アウシュヴィッツビルケナウ強制収容所を見学しました。

アウシュヴィッツ強制収容所の門には、皮肉にも、「労働は最高の自由」と、告辞されていました。

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まず、強制収容所内の負の記憶の場である博物館を回り、ガイドさんの説明を受けました。

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ガイドの中谷さんは、日本人唯一のガイドさんとして、熱心に活動されています。

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博物館内は大勢の見学者で一杯でした。

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「アンネの日記」・「シンドラーのリスト」・「杉原千畝」などの映画で観た悲惨な光景の画像が、たくさん展示されていました。

さらに館内を進むと、

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犠牲になられた方々のたくさんの靴、特にお幼い子供たちが履いていたくつなどは、見るに忍びないものでした。

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追い立てられ、取るものとりあえず詰め込んだスーツケースの数々。

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また、ガス室で使われた毒ガス・チクロンBの空き缶や、おびただしい女性の頭髪など、目をそらせてはいけない負の遺産が、展示されていました。

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アウシュヴィッツ強制収容所を一通り見学し、

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最後に、ガス室をまじかにみて、ビルケナウ強制収容所へ向かいました。

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               * ビルケナウ強制収容所の門

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             *線路の向こうの収容所とガス室

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アンネ・フランクも何か月間、この強制収容所に収容されていたそうです。

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ガイドの中谷さんの言うには、我々日本もナチス・ドイツと手を組んでいたことを忘れてはならない。
世界平和を築くため、負の世界遺産をどう生かしていくか、どのような考え方をすればよいのかを、見学者の皆さんに考えてほしいと切望されていました。

私はポーランド旅行を選んだのは、負の遺産であるアウシュヴィッツをぜひ見学したいと思っていたからでした。
「百聞は一見に如かず」でした。

ドイツの大統領ヴァイツゼッカー氏の

 「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目となる。過去の罪を心に刻まなければ和解の道はない。」との言葉が、
今回の旅で、私の胸に蘇りました。

      2018.6.10             くまお


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ポーランド紀行7(クラクフ)
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             * クラクフ中央市場広場と聖マリア教会


6月10日(日)、クラクフ歴史地区の観光に出かけました。

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まず、ヴィスワ川を渡り、
ヴァヴェル城を見学に行きました。

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ヴァヴェル城は歴代ポーランド王の居城で、大聖堂や旧王宮などがありました。
続いて、旧市街の中央市場広場へ行きました。

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広場の中央に建つのは織物会館で、14世紀に建造された当時は衣服、布地の交易所でした。

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現在は1階がおみやげ物街になっています。

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広場に面している聖マリア教会は、1222年にゴシック様式で建てられたクラクフ初の教会です。

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もっと時間があれば、美人御者の馬車に乗りたかったのですが・・・・・。

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広場の一角では、大勢で賑やかなパフォーマンス。
日本でいうところの「よさこい」?

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次いで、クラクフ国立美術館に赴き、

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レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」を鑑賞しました。

午後は、「アウシュヴィッツ強制収容所・ビルケナウ強制収容所」を見学しました。(次回)

夕刻、OPで「カジミエシュ地区と民族音楽の夕べ」に参加しました。

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カジミエシュ地区はかつてのユダヤ人街であり、映画「シンドラのリスト」のロケ地である。
正面のシナゴーグは、低い建物となっています。
第二次世界大戦前には、多くのユダヤ人が住んでいたそうです。

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食事の味はまあまあでした。

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民族音楽といっても、クラリネットとチェロとアコーディオンの演奏でした。
やや悲しい音色の音楽でした。
OPの代金は9千円で割高な感がしました。
添乗員さんがあまりお勧めできないと言っていた通りでした。、
そのうえ、帰りは土砂降りの雨に見舞われました。
これも体験の一つと、自分に言い聞かた次第です。

     2018.6.10               熊雄               


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ポーランド紀行6(ヤヴォルの平和教会・ヴロツワフ)
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                * ヤヴォルの木造平和教会


6月9日(土)、古城ホテルのあるオシェチュニツァから90㎞離れたヤヴォルの平和教会を訪れました。

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平和教会は1648年の三十年戦争後に建てられた、プロテスタントの木造教会です。

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この地域はカトリックのハプスブルグ家が支配していたが、プロテスタントの住民が多かったため、特例として建築が認められたそうです。

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もちろん、世界遺産に登録されています。

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中柱のない見事な木造建築でした。

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横壁に描かれた絵も、よく保存されていました。

ヤヴォルからヴロツワフへ向かいました。
ヴロツワフはオドラ川を中心に発展してきた街です。

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ナポレオン戦争「ライプツィヒの戦い」の勝利から100周年を記念して、建造されたコンクリートのドーム型建物です。
世界遺産になっています。

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旧市場広場は、ポーランドを代表する中世市場の一つで、13世紀半ばに造られたとされています。

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きれいな街並みは、見飽きることはありません。

街中にはたくさんの妖精像が置かれていました。

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妖精と言っても、左官とか

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音楽家とか、

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街中に200ほどあり、お金を出せば、置かせてくれるそうです。

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音楽家の妖精前で、若者たちがコーラスのパフォーマンスをしていました。

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また、消防士の妖精が飛ばす放水で、子供たちが遊んでいました。

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ヴロツワフの旧市場広場の賑わいを楽しんだ後、14~16世紀にポーランド王国の首都だった都市、クラクフへ向かいました。

     2018.6.9                 くまお


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ポーランド紀行5(ポズナンの街・古城ホテル)
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          * ポーランド最古のキリスト教会 ポズナン大聖堂


6月8日(金)、ポズナンの大聖堂に向かいました。

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大聖堂はミサの最中で、堂内をわずかに垣間見るだけでした。

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ポズナンは968年ミェシコ1世がポーランド王国を建国した地で、現在も商業都市として発展しています。

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旧市庁舎や旧市街地広場を散策したのち、235㎞離れたボレスヴィエツへ向かいました。

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日本の5分の4ほどの広さのポーランドの国土の大部分は、北海道のような広大な平地でした。

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ボレスワヴィエツの陶器工房は、絵付けをひとつ一つ手描きで仕上げていました。

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いくつかの土産品を買って、工房をあとにしました。

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その夜の宿泊は、ボレスワヴィエツ近くのクリチコフ城でした。

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まさにお城でした。

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厳めしい城門をくぐると、ホテルになっています。

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裏庭には様々な動物が生息しているとの表示がありました。

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ヨーロッパにはよくある、森の中の古城ホテルでした。

   2018.6.8                   くまお


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ポーランド紀行4(マルボルグ城)
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            * ヨーロッパ最大の一つマルボルグ城


6月7日(木)、グダンスクから1時間ほどのマルボルグ城を訪れました。

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中世のドイツ騎士団が本拠地にした城です。

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ヨーロッパ最大の城壁の一つと言われています。

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マルボルグ」の名は、「ドイツ人の聖母マリア騎士修道会」に由来し、「マリアの城」という意味だそうです。

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城内には大きな井戸もあり、堅固な城砦でした。

その夜は、ワルシャワとベルリンの東西交易の中継地として栄えたポズナンに宿泊しました。

     2018.6.7             くまお


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ポーランド紀行3(グダンスクの街)
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          *  グダンスク ドゥーギ広場の緑の門


6月6日の夕刻、バスはグダンスクグダニスク)の街に到着しました。

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旧市街ドゥーギ広場のレストランに向かいました。

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オープン・カフェの奥のレストランで、夕食をいただきました。

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             * 夕暮れの街に建つネプチューン像

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ポーランドの日没は午後9時半ごろでした。

翌朝、バルト海に面したコトジビーチに出向きました。

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このバルト海に面した地域の支配をもくろんで、ドイツ軍が侵攻し、第二次世界大戦の火種となったことを、現地ガイドさんが説明してくれました。

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再び旧市街地のドゥーギ広場にやってきました。

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海神ネプチューンの噴水像が、水を噴いていました。

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広場に通じる黄金の門などです。

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かつて、大武器庫だった建物です。
現在は美術学校になっています。

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旧市街の街並みは、見飽きることがありません。

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ハンザ同盟の都市として栄えた、モトワヴァ運河沿いの街並みも素敵でした。

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旧市街広場を後にして、

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「世界でもっとも美しい音色」に認定されたオリーヴァ大聖堂に入り、

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パイプオルガンの演奏を聴きました。

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大聖堂の中庭を散策しながら、パイプオルガンの音色の余韻を楽しみました。

グダンスクグダニスク)は、ポーランド民主化運動の始まった地で、自主管理労組「連帯」の拠点です。
1989年民主化を成し遂げ、ポーランド共和国を樹立しました。
連帯の拠点であったグダンスクの造船所を見ることができなかったのは、残念でした。

ツアーの一行は、グダンスクから52km離れたヨーロッパ最大の城壁の一つマルボルクへ向かいました。

      2018.6.7              くまお


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ポーランド紀行2(ジェラゾヴァ・ヴォラとトルンの街)
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            * ジェラゾヴァ・ヴォラのショパンの生家


6月6日(3日目)、ワルシャワから54km離れたジェラゾヴァ・ヴィオの街を訪ねました。

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ショパンが生まれたスカルベク伯爵邸の別館を、現在、「ショパンの生家」として一般公開しています。

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当時使った机やショパンと家族の肖像が飾られていました。

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中庭は伯爵邸らしく、広々とした空間でした。

次いで、ジェラゾヴァ・ヴォラの街から166km離れたトルンへ赴きました。
バスのシートは硬くて、37名の大ツアーなので、座席の余裕はありません。

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ヴィスワ川に面したトルンの街は、ポーランド中部の交易で栄えた街です。

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城門をくぐり、世界遺産の旧市街へ入ります。

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トルンの街も修学旅行生でいっぱいです。
トルンコペルニクスの生誕の地です。

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                  コペルニクスの銅像と生家

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カトリック少年団でしょうか。

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ポーランド国民の95%はカトリック教徒だそうです。

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大きなビア樽が街を通ってゆきます。

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街の中心はやはり、旧市庁舎の広場です。

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城門を出ると、

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ヴィスワ川のほとりには、大勢の観光客が行き来していました。
川向うからのトルンの街の眺望は、とても素晴らしいとのことでした。

トルンの街中で昼食を終えた一行は、バスで168km離れた、北海に面した街グダンスクへ向かいました。

       2018.6.6                くまお


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ポーランド紀行1(首都ワルシャワ)
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                * ワジェンキ公園のショパン


6月4日(月)出発、「決定版ポーランド10日間」のツアーに参加しました。
関空発23:45、エミレーツ航空にてドバイで乗継、ワルシャワへ向かいました。
ドバイまで約10時間、ワルシャワまで約6時間の長いフライトでした。

ポーランドの首都ワルシャワに、翌日の正午過ぎに到着しました。

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早速、専用バスでワジェンキ公園に行きました。
ショパン像の周辺は、バラの花で飾られていました。

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様々な彫刻が配置されたワジェンキ王宮。

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豊かに水をたたえた王宮前の池をめぐりました。

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新世界通りのポーランド科学アカデミー前には、コペルニクス像が建っていました。
地動説で有名なコペルニクスは、ポーランド生まれだったのです。

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聖十字架教会には、ショパンの心臓部が葬られているそうです。

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教会内には、「カチンの森」の犠牲者を弔う祭壇もありました。
「カチンの森事件」は,第二次世界大戦中の1940年、ロシア軍の捕虜となった多数のポーランド将校が,ロシア領内のカチンの森で虐殺された事件です。

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聖十字架教会から旧王宮広場まで歩きました。
映画「戦場のピアニスト」で描かれた、戦禍で破棄しつくされた建物が、首都の街並みらしく、見事に再建されていました。

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街頭では、軽やかなリズムに乗って、パフォーマンスされていました。

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風格ある色のレンガで造られた旧王宮でした。

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6月は修学旅行の時期で、旧王宮広場は学業を終えた生徒たちでいっぱいでした。

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旧王宮広場から旧市街へ足を運ぶと、

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キュリー夫人の生家が残っており、現在はキュリー夫人博物館になっていました。

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人魚の像のある旧市街広場です。

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短いフリータイムにビールを飲みました。
オープン・カフェでの飲食は、格別美味しかったです。

その夜はワルシャワ・コンファレンスセンターに宿泊しました。
時差7時間の長く疲れた1・2日目の旅程でした。

       2018.6.5              くまお


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