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陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

鶏頭の花
市役所の近くに用事があり、市役所の駐車場に車を止めて所用の場所まで歩いて行きました。
道路沿いに「けいとうの花」が咲いていました。

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久しぶりに綺麗な花を見た思いがして、少し観察してみました。
「鶏頭」の形の花の他に、細くとんがっているのや丸い帽子のような形の花がありました。

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「けいとうの花」の横には黄色の可愛い別の種類の花も咲いていました。

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このように鶏の鶏冠の形をしたのが、本来の「鶏頭の花」だと私は思います。

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高校二年生の後半に健康を害して、運動部を引退しました。
私はその頃友人に俳句を教えてもらっておりました。
三年生になって、その友人と文芸部を創設しました。
顧問をお願いした先生は、新卒の国語の先生で、大学の俳句同好会に所属しておられました。

文芸部の活動は、毎週土曜日の午後に句会をすることから始まりました。
句会に出した句を各人が『高校時代』や『蛍雪時代』に投稿しました。
入選して自分の句が活字となって掲載されるのが励みとなり、俳句に没頭しました。

高校の文芸部の冊子から年間の選句をするコンクールがあり、我が文芸部から一席、二席そして佳作と三人が入選しました。『高校時代』の選者は加藤楸邨だったと思います。選評で、こんなに俳句が盛んな学校は珍しいと褒められました。学校に賞品が送られてきました。

私には「鶏頭の花」に深い思い出があります。

角川書店発行の『俳句』という雑誌に次の鶏頭の句を投稿し、秀逸に選ばれました。
 「鶏頭の枯るればあたりなにもなし」(選者は「枯れれば」を「枯るれば」に添削してくれていました。)
昭和33年十二月号の雑詠選者は富安風生でした。推薦が5人、秀逸が30人。佳作が100人ほどの入選者数です。顧問の先生の句が二句佳作に入選していました。
先生は「君に先を越された。私はまだ秀逸に入選したことがない。」と率直に言われ、喜んでくださいました。

鶏頭の花は、運動部を去った私には強烈過ぎる印象を与えていました。
通学路に咲いていた鶏頭の花が枯れてしまうと、冬ざれの淋しい道になっていました・・・・
もう数十年も前のことになりましたね!

年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず     くまお

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