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陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

熊野路と世界遺産「花の窟(いわや)」
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矢の川(やのこ)峠の峪に架かる千仭橋です。
トンネルや橋が出来る以前、道は峠の頂上を通っていました。
私の父親は尾鷲で二番目に早く車の運転免許を取得したと聞いています。

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戦前戦後の一時期、トラックやバスの運転手をしていて矢の川峠をよく越えたそうです。
年に何回か富士山が見えたとも言ってました。

遊び盛りの少年の私は、峠の途中にある大坪小坪あたりまでメジロを採りに行きました。
とても懐かしいところです。

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矢の川峠を越えて熊野市に入ると、いつもながら熊野灘が眼下に広がって来ます。

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鬼ヶ城の見える獅子岩の海岸で一休みです。
台風で打ち上がった流木が沢山寄せ集められていました。


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先を急ぐこともないので、しげよあゆみさんが薦めてくれていた世界遺産「花の窟」に立ち寄ることにしました。

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  * 木の国や花のいは屋に引く縄の長くたえせぬ里の神わざ  (本居)宣長

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境内は森閑としていて、神社の方もいませんでした。

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花の窟神社由緒書」では、

日本書紀に、「伊弉冉尊(いざなみのみこと)火神を生み給う時に灼かれて神退去(さり)ましぬ。故(か)れ紀伊国熊野の有馬村に葬(かく)しまつる。土俗(くにびと)此神の魂(みたま)を祭るには花の時(り)に花を以って祭る。又鼓 吹幡旗(ふえはた)を用て歌い舞いて祭る。」とあるそうです。

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さらに由緒書には、「花窟神社は古来社殿がなく、石巌壁立高さ四十五米。南に面し其の正面に壇を作り、玉垣で周う拝所を設く。」と説明されています。
高い窟を見上げる人に、窟の顔が微笑んでくれます。

お腹がすいてきましたので、この窟の南にある岩には行きませんでした。

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紀宝町ウミガメ公園で昼食をとりました。

そして、新宮から本宮にかけての熊野川の惨状を再び目に留めました。
311号線の本宮から近露あたりの渓では、美しい黄葉が見られました。
熊野川の惨状を目にした疲れを癒してくれました。

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私は車を駐車しては、日が暮れかかった渓の美しい眺めを楽しみました。

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この時期、旧道をゆっくり散策するのもいいだろうなあと思いました。

マンションに帰ったのはちょうど午後5時でした。

   2011.11.7         くまお





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熊野川の大水害はこんなに凄かったのだ(台風12号の爪痕)
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   * 2011.1.13のブログ「川の参詣道」(熊野川)道の駅風景


11月5日から7日まで三重県尾鷲市に帰省しました。
台風12号の被害による通行止めが解除され、本宮から新宮回りで往来しました。

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2ヶ月経った現在の様子です。
道の駅は見当たりません。
熊野川の大水害はこんなに凄かったのだ」と思い知らされました。

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案内板は外され、横倒しになっていました。

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泥んこの川下りの送迎用マイクロバスです。

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道路より随分高くに設置された交通標識に竹が引っ掛かり、電線には流されてきた枯草が絡み付いていました。
全く言葉がありません。


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国道168号線を跨ぐ橋です。

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流木などが引っ掛かったままです。
こんなに高くまで濁流が押し寄せたのです。


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バス停は傾き、覆いは破れていました。

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志古のウォータージェット船乗り場の大きな建物は、すっかり無くなっていました。


熊野川は大峰山脈を源とする天ノ川、十津川と、大台ケ原を源流とする北山川が合流し、新宮市で熊野灘に注いでいます。

合流した直後にぶっつかる地点が志古です。その下流に国道を跨ぐ橋や川の参詣道の道の駅がありました。
どれだけの雨水が熊野川に流れ出てきたか想像に絶します。

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国道の対岸の集落は、比較的高い場所に位置しているように思えました。
明治22年の大水害など、これまで幾度かの水害を被ってきたからでしょうか。

那智勝浦町の被害状況や堰き止めダム湖の状況は、テレビ等でよく報道されました。
それに比べ、熊野川流域の被害状況はあまり報道されていません。
道路が寸断されていたから、報道関係者が立ち入れなかったのでしょうか。

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熊野川の流域が美しさを取り戻すには、どれだけの年月がかかるのか私にはわかりません。
「悠久の熊野川」という立て看板の文字が、強く印象に残りました。

   2011.11.7          くまお



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