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陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

河内の国 弘川寺(ひろかわでら)を訪ねて
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         * 大阪府南河内郡河南町にある弘川寺の本堂

4月8日(月)、京都への一泊二日の花見の予定を変更して、弘川寺へ日帰りで出かけました。
弘川寺西行法師終焉の地です。

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先週末の春の大あらしで、満開の桜の花はほとんど散ってしまっていました。
何組かの花見客は、桜の花の名残りを楽しんでいました。
あとから奈良交通の観光バスで団体客も来ました。

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西行法師八百年遠忌を記念して植樹されたという千本の西行桜山を周遊しました。
葛城山の麓を吹き渡った嵐は、やはり強かったようでした。
桜山の頂上付近の桜の木の下で、お昼弁当を食べました。

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峰を渡る風は心地良く、どこからかウグイスの鳴き声が聞こえてきました。
天気は良くて、大変いい雰囲気でした。

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 * 建久元年(1190年)二月十六日、七十三才で入寂された西行法師の墳墓

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   * 願はくは花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ  西行

西行墳の近くに、西行法師の有名な歌碑が建てられていました。

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   * 佛には櫻の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば  西行

西行法師が河内国弘川寺に草庵を結んだのは、前年の文治五年(1189年)の秋でした。
草庵跡は、ここから10分ほどの山奥にあったそうです。

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  * さびしさにたへたる人のまたもあれな いほりならべんふゆの山ざと

「またもあれな(自分以外にもいてほしいものだ。)と、人懐かしさを表白するあたりに西行らしい独特の姿勢を感じることができよう。」と鑑賞されています。(『和歌の解釈と鑑賞事典』より)

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歌僧似雲(じうん)法師は、享保十七年二月十六日西行の古墳を発見し、その後西行堂を建立し、境内に「花の庵」を建てて住み、生涯を西行の顕彰に尽くしたそうです。

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           * 西行堂から眺めた本堂の優美な佇まい

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出会った地元の方のお話しでは、
弘川寺は春の桜もきれいですが、秋の紅葉はまたいいですよ。」とのことでした。

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弘川寺本坊庭園内の天然記念物の海棠(樹齢約三百五十年)です。
例年だと、四月中旬が開花だそうです。

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花柄が長い垂糸海棠(ハナカイドウ)は、花が半八重になることが多く、下垂しています。

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今年は開花がいつもより早くて、ちょうどきれいな花の盛りに出会うことが出来ました。

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    * 散った桜の花びらが石畳に敷きつめられていた篠峯殿の前庭

本坊の篠峯殿でスケッチをされていた方が仰るには、
「海棠の花の盛りに出会うのは、なかなか難しいのですよ。」とのことでした。

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最後に「西行記念館」に立ち寄りました。
記念館のパンフレットによりますと、

西行法師は平安末期の歌人で俗名は佐藤義清(のりきよ)、北面の武士として鳥羽上皇に仕え左衛門尉に任ぜられた。
二十三才の時出家し、法名を円位、又は西行と称した。
「新古今和歌集」には最も多い九十四首が選ばれている。
出家後入寂までの五十年間は、旅から旅への生涯を過ごしている。

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            * お城のような豪壮な弘川寺の石垣

午前9時前に田辺を出発し、紀ノ川SAでお弁当とお茶を買いました。
弘川寺には正午過ぎに着きました。
約3時間弘川寺に滞在し、午後6時過ぎに田辺に戻りました。

弘川寺は葛城山麓の閑静で広々とした境内と周遊道のあるお寺でした。
今秋の紅葉、来春の桜のシーズンに再訪したいお寺です。

   2013.4.8            くまお


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