陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

スロベニア・クロアチアの旅(その3)
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 * 天井まで続く鍾乳石




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6月16日の午後、スロベニアのブレッド湖からバスで約1時間半、ヨーロッパ最大級の「ポストイナ鍾乳洞」に着きました。

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鍾乳洞の入口は、大勢の観光客で混雑しておりました。

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鍾乳洞の入り口から中心部まで、トロッコ列車に乗って進んだ後は、広い地下の世界を歩きました。

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とても広い鍾乳洞で、一行に遅れまいと急ぎ足で進みました。
日本語ガイドをゆっくり聞いている余裕はありませんでした。

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目を見張るような鍾乳石の光景でしたが、思うように写せませんでした。
日本の鍾乳洞をを代表する、秋芳洞の数倍もあるスケールであったことは、間違いありません。

次々に現れる鍾乳石は、さまざまなものに連想されました。

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              * スパゲッティーのような鍾乳石

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             * 威厳のある人物のような鍾乳石

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             * 大きなソフトクリームのような鍾乳石

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ここで、再びトロッコ列車に乗って出口まで戻りました。

「百聞は一見に如かず」という諺通り、実際に歩いて観た感慨は、とても大きなものでした。

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スロベニアの平原をあとに国境を越え、クロアチアに入りました。

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連泊するオパティアは、クロアチア有数のリゾート地でした。

     2015,6.16                くまお

追記

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6月27日(土)、田辺湾の夕陽の残照

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スロベニア・クロアチアの旅(その2)
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   * 「アルプスの瞳」と称されるブレッド湖に浮かぶ島に建つ聖マリア教会


6月16日8時45分、ホテルを出発したバスは、近くのブレッド湖遊覧船乗り場に到着しました。
生憎の泣き出しそうな曇天でした。

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私たち一行は、2隻の手漕ぎボートに分乗して、ブレッド湖に浮かぶ小さな島に向かいました。

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           * 美しい バロック様式の聖マリア教会の塔

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* 教会内のマリア様の像

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「鳴らすと願いが叶う」という「幸福の鐘」を鳴らした後、小さな島を一周しました。

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元ユーゴスラビアのチトー大統領の別荘で、現在はホテルになっている館も見えました。

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断崖の上に建つのはブレッド城です。


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島から船着き場に戻り、バスでブレッド城へ向かいました。

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ブレッド城は高さ130mの断崖の上にありました。

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町と湖を望む展望地でした。

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もう少し晴れ間が出て欲しいと願いつつ、城内の歴史博物館などを見学しました。

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昼食は城内のレストランでいただきました。
昼食のメインは鱒のグリルでした。
私は白ワインをオーダーしました。
とてもフルーティな美味しいワインでした。

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デザートはアイスクリームでした。

昼食後、バスで1時間半ほど離れた、ヨーロッパ最大級の鍾乳洞である「ポストイナ鍾乳洞」に向かいました。

2015.5.16                 くまお


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スロベニア・クロアチアの旅(その1)
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     * ヘルシンキ空港からリュブリャーナ(スロベニア)へ向かう一行

6月15日から23日までの9日間、スロベニア・クロアチアの旅に行ってきました。
関西空港からヘルシンキ空港まで約10時間のフライトでした。
そして、ヘルシンキ空港からスロベニアのリュブリャーナへ。

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リュブリャーナ空港からはバスで約1時間。

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午後6時半ごろ、ホテルに到着しました。
スロベニアは日本より8時間の時差です。
               

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ホテルはブレッド湖畔の静かな森の中にありました。

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ホテルの名はリブノ、四つ星のホテルでした。

その日の夕食はありませんでした。
私は部屋で旅装を解いた後、ホテルの周辺を散策しました。

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近くのテニスコートでは、私と同年輩と見られる人たちがプレーをしていました。
プレーをしていない人らに話しかけてみました。
「私は日本人です。テニスをしています。」と。
すると、彼らの一人は、「日本人が見ているからガンバレ!」というようなことをプレー中の人に声かけました。
みんな笑い声をたてました。

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ロープを張った広い牧場に、一頭の馬がいました。
散歩している私に、優しい顔つきで近づいてきました。

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     * アルプス山系の東端、ユリアン・アルプスを背景に建つ教会

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私は教会のある美しい村を一回りして、ホテルに戻りました。

その夜は関空で買ったおにぎりを食べ、焼酎やウイスキーをいただきました。

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                 * 翌日の私の朝食

翌朝、ビュッフェ形式の食事をした後、「アルプスの瞳」と称されるスロベニア屈指の保養地、「ブレッド湖」の観光に出かけました。

     2015.6.16                  くまお

追記

文章を綴るにあたり、旅行社からもらった旅程表や東欧徹底ガイドブックを参照し、一部の文を引用しました。

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香り漂うくちなしの花
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* くちなしの白い花


ヴィラの庭にくちなしの花の香りが漂っています。

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特に夜の香りは素敵です。

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6月11日(木)の田辺湾の夕景です。

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6月12日(金)の夕景です。

6月14日(日)より、当分ブログを留守にします。

    2015.6.13                  くまお

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あじさい曼荼羅園(救馬渓観音)を訪ねて
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              * あじさい曼荼羅園の額あじさい


6月4日(木)、中辺路町小皆の「あじさい姉妹園」に行きました。

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まだ開園していませんでした。
近所のおばちゃんの話では、
今月半ばごろに開園のようでした。
猪や鹿の被害で、花が年々減っているそうです。

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そこで、救馬渓観音のあじさい曼荼羅園へ回ってみました。

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あじさい曼荼羅園は、本日無料開園でした。

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園内を一回りしてみました。
前日の雨で、あじさいの花は少し生気を取り戻していました。

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蓮池の奥に、可愛い山アジサイが咲いていました。

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紫陽花は別名「七変化」と言われます。
先日の朝日俳壇に、
 草色を出てあぢさゐの始まりし(福知山市 宮本幸子)という句を見かけました。

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あじさい曼荼羅園は、これからが見ごろのようでした。

     2015.6.4                くまお


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沖縄の食べ物
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             * 娘の手料理ゴーヤチャンプル


沖縄での食べ物を紹介します。
塩味が主のゴーヤチャンプルです。
ビール・泡盛によく合いました。

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60度の泡盛「どなん」は十年物で、とろけるような美味しさでした。

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島らっきょのてんぷらです。
精がつきそうな食べ物です。

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自家製のラフティです。
味が良くしみて美味しかったです。

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酢モズクです。
4歳の孫も美味しそうに食べていました。

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ゆし豆腐のみそ汁です。
ゆし豆腐は温かいまま、袋に入れて売られているそうです。

南風原町は那覇市のベッドタウンとなり、次々にマンションが建てられています。
娘の宿舎の近くに、十数階建てのマンションが建築中でした。

与那国島と違って、沢山の生鮮食料品が、スーパーで売られていました。
幹線道路は二車線で、娘もおっかなびっくりの運転でした。

そば麺の種類が豊富でした。
空港でソーキそばを食べました。
軟骨ソーキはもう一つでした。
孫のために注文した沖縄そばには、肉が二枚入っていました。
「三枚肉というの二枚しか入っていない。」と私が言いました。
「三枚肉」とは、肉と脂身に皮がついたのを言うと、娘は笑ってました。

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帰る日の空港で食べた、ラフティラーメンです。
これは美味しかったです。

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                 * ピーチの搭乗待合室

往きはJALを、還りはピーチを利用しました。
私はピーチを利用するのは初めてです。
シャトルバスで一旦空港外に出ました。
空港端の貨物倉庫の中に搭乗口がありました。
これでやっと無事帰れるとわかり、安心しました。
そこで飲んだオリオン生ビールは、格別に美味しかったです。
 
     2015.6.8              くまお

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梅ジュース・梅酒・梅ブランデー酒づくり
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* 梅ジュースの瓶



先日、友人に靑梅をいただきました。
水洗いした梅を、冷凍庫で一晩寝かせました。
梅ジュース梅酒梅ブランデー酒をそれぞれ一瓶ずつ作りました。
梅ジュースの瓶には、1.7kgの梅と氷砂糖1kgを入れました。

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* 梅酒の瓶


梅酒の瓶には、1.7㎏の梅と氷砂糖1kgにホワイトリカ1.8ℓを加えました。

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* 梅ブランデー酒の瓶


梅ブランデー酒の瓶には、1.7㎏の梅と氷砂糖1kgにサントリーブランデー1.8ℓを加えました。

昨年までは、梅と氷砂糖を1対1の割合にしていました。
今年は、氷砂糖の分量をすこし控えめにしました。
うまくゆくか、出来上がりが楽しみです。

      2015.6.6           くまお

追記

6月6日(土)の夕陽です。

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沈む夕日は、ずいぶんと天神崎に寄ってきました。



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沖縄で見かけた花と木
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              * パッションフルーツの花


沖縄で見かけた花と木をいくつか紹介します。

まず、パッションフルーツの花と実です。

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熟して落ちた果実が、二週間ほどして皺くちゃになると、食べごろになるそうです。
収穫後は木の根元から40㎝ほど上を剪定してしまいます。

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翌年、新たに芽吹き、蔓を伸ばし、花を着け実が生ります。

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バナナの木と実です。
夏にならないと食べられないと言ってました。
与那国島から沖縄本島へ転居した娘が、収穫寸前の島バナナを残してきました。
丹精込めて育てたバナナだけに、とても残念がっていました。

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那覇空港には、めんそーれの花胡蝶蘭が飾られていました。

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南風原町で、露地の庭木に着生させた胡蝶蘭がきれいに咲いていました。

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なんと言う花か分かりませんが、よく見かけました。

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なんと言っても、月桃の花は沖縄の花のようです。
首里城公園でも南風原町でもよく見かけました。
甘い香りが辺りに漂っていました。

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ハイビスカスはやはり南国の花です。

   2015.6.6             くまお


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南風原文化センター・南風原壕群20号を訪ねて
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         * 南風原(はえばる)の地に咲く甘い香りの月桃花


5月17日に沖縄陸軍病院南風原壕群20号を訪ねました。
娘の宿舎から徒歩で30分でした。

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先ず、南風原町役場近くの慰霊祈和之塔にお参りしました。

300mほど行くと、中央公民館横に南風原文化センターがありました。
入館し、冷たいお茶をいただいてから館内を見学しました。

南風原文化センターは町立でした。
展示内容は、「南風原の沖縄戦」・「戦後・ゼロからの再建」・「移民」・「人々の暮らし」に分かれていました。

展示室へは、沖縄陸軍病院南風原壕群20号を再現した通路を通って行きます。

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食べ物を運んでいるひめゆり学徒です。

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負傷した兵士の枕元に、ピンポン玉くらいの握り飯が置かれていました。

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19号・21号と交差する「広場」で、麻酔なしの手術が行われました。

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上掲の画像が不鮮明なので、パンフレットの一部を紹介します。

 沖縄陸軍病院は1944年5月に熊本で第32軍の陸軍病院として編成された。6月から那覇市内で活動を始めたが、同年10月10日米軍の空襲によって施設が焼失し、南風原国民学校に移転した。それ以降、第32軍野戦築城隊の指導のもとで、字喜屋武と字兼城に約30の横穴壕が造られた。米軍の艦砲射撃が始まった1945(昭和20)年3月下旬陸軍病院は各壕へと移った。広池文吉病院長以下、軍医、看護婦、衛生兵ら約350人に加えて、3月24日には沖縄師範学校女子部・県立第一高等女学校の生徒(ひめゆり学徒)222人が教師18人に引率され、看護補助要員として動員された。
 4月1日の米軍上陸後、外傷患者の激増に対応する為、外科を第一外科、内科を第二外科、伝染病科を第三外科へと改めた。5月下旬、第32軍司令部は摩文仁へ撤退を決定し、陸軍病院に撤退命令が出された。その際、重症患者に青酸カリが配られ、自決の強要が行われた。・・・・・


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私は南風原文化センターから「飯あげの道」を通って、陸軍病院南風原壕群20号へ向かいました。

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文化センターあたりで炊いたご飯を壕群まで運ぶのは、大変な苦労でした。

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20号の壕の近くの広場に、「鎮魂」の歌碑と憲法九条の碑がありました。

20号の入口には、3人の係りの方がいました。
壕の中を案内してもらうことにしました。

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ヘルメットを着用し、懐中電灯で足元を照らしながら進んでゆきました。
文化センターの壕よりも低くて狭い壕でした。
何度か頭を天井の岩に打ち付けました。

19号と21号は崩れて埋まっていました。

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案内の青年と出口で別れました。

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出口の向こうに野球場や陸上競技場があり、山裾にブーゲンベリアの花が咲いていました。
戦後70年が経って、戦争の悲惨さがますます風化してゆくばかりです。

南風原町は1990年、戦争の悲惨さを伝える証しとして、第一外科壕群・第二外科壕群を町の文化財に指定しました。
こうした南風原町の取り組みは大変素晴らしいことであったと、私は深く感銘を受けました。

    2015.5.17               くまお


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世界遺産 玉陵(たまうどぅん)を訪ねて
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              * 世界遺産 史跡玉陵

首里城見学の後、琉球王府の陵墓玉陵」を訪ねました。
タクシー運転手さんのお薦め史跡です。

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まず、観覧券を購入すると、資料展示室に案内されました。
首里城とは違って、観覧者をほとんど見かけませんでした。

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玉陵は1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、第二尚氏王統の陵墓となりました。

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墓室は三つに分かれ、中室は洗骨前に遺骸を安置する部屋、創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には、墓前の庭の玉陵碑に記されている限られた家族が葬られました。

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             * 太平洋戦争直後の荒れ果てた墓室


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展示室を出て、玉陵に向かいました。

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フクギは大木からは想像できない、可愛い花をつけていました。

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                * 玉陵を正面から見た全景

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                   * 木の扉の門をくぐる

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広々とした前庭の奥に墓室が見えました。

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                 * 左から東室、中室

室内には入ることはできません。
玉陵を説明する録音が、遠く青い空に繰り返し流れていました。

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ガジュマルの大木に囲まれた史跡は、ゆったりとした静かな時を刻んでいました。

私は午後5時までに帰る約束を思い出し、タクシーを拾って南風原町の宿舎に戻りました。

     2015.5.18             くまお


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