陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

花の寺 當麻寺(奥院)を訪ねて
DSCF9290.jpg

         * 花の寺 當麻寺奥院浄土庭園に咲く牡丹花

西南院の池泉回遊式庭園をめぐった後に、奥院を訪ねました。
中之坊や西南院の宗派は真言宗で、奥院は浄土宗だそうです。

奥院の本堂は解体修理中でしたので、浄土庭園を一巡りすることにしました。

DSCF9308.jpg

二上山(にじょうざん、古くはふたがみやま)を背景にした浄土庭園の全景です。

DSCF9301_201404262247277d3.jpg

DSCF9293.jpg

DSCF9298_20140426174937c1e.jpg

DSCF9335.jpg

宝池の石組みの周りには、牡丹の花が配置されていました。

DSCF9265.jpg

石のベンチに腰をおろし、しばらく静かな時間を過ごしました。

DSCF9305.jpg

DSCF9304.jpg

奥院の境内の白藤棚は、今を盛りと咲いていました。
ここでも藤花の良い香りが、風に乗って漂ってきました。

DSCF9259_201404261751245ee.jpg

奥院の楼門は風格のある造りでした。

DSCF9311.jpg

そろそろ帰る時間なので、浄土庭園をあとにしました。
ぼたんの花と日傘の合間に、奥院の楼門や西南院の西塔が望まれました。

DSCF9342.jpg

紅葉の季節の塔の眺めは格別であろうと思われました。

DSCF9366_2014042710173413b.jpg

午後3時過ぎ帰途につくべく、東大門(正門)を再びくぐりました。
そして、ぼたんとシャクナゲの花の寺中将姫ゆかりの當麻寺と別れを告げました。

    2014.4.23        くまお

追記1

DSCF9586.jpg

          * 二上山の画 向かって左は雌岳、右は雄岳 

            (画は石光寺で買ったお酒の紙袋より転載)    

大津皇子、竊かに伊勢の神宮に下りて上り来る時に、大伯皇女の作らす歌

 * 我が背子を大和へ遣るとさ夜ふけて暁露に我が立ち濡れし  大伯皇女


大津皇子、死を被りし時に、磐余の池の堤にして涙を流して作らす歌一首

 * ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ  大津皇子


大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬る時に、大伯皇女の哀しび傷みて作らす歌
    
* 磯の上に生ふるあしびを手折らめど見すべき君がありといはなくに 大伯皇女


追記2

DSCF9356.jpg

                * 當麻寺中将姫の像

 「中将姫説話の要約」(ウィキペディアによる)

 今は昔、藤原鎌足の曾孫である藤原豊成には美しい姫があった。後に中将姫と呼ばれるようになる。この美しく聡明な姫は、幼い時に実の母を亡くし、意地悪な継母に育てられた。中将姫はこの継母から執拗ないじめを受け、ついには無実の罪で殺されかける。ところが、姫の殺害を命じられていた藤原豊成の従者は、極楽往生を願い一心に読経する姫の姿を見て、どうしても刀を振り下ろすことができず、姫を「ひばり山」というところに置き去りにしてきた。その後、改心した父・豊成と再会した中将姫はいったんは都へ戻るものの、やがて當麻寺で出家し、ひたすら極楽往生を願うのであった。姫が五色の蓮糸を用い、一夜にして織り上げたのが、名高い「當麻寺曼荼羅」である。姫が蓮の茎から取った糸を井戸に浸すと、たちまち五色に染め上がった。當麻寺のちかくの石光寺に残る「染め井」がその井戸である。姫が29歳の時、生身の阿弥陀仏と二十五菩薩が現れ、姫は西方極楽浄土へと旅立ったのであった。


今日のご訪問ありがとうございます。
下の「Comment」部をクリックすると別窓が開いてコメントの記入が出来ます。
お気軽にコメントをどうぞ。

Comment

 秘密にする

Copyright © 陶芸アトリエ高瀬川. all rights reserved.
Customized by Kumanomi