陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

映画「海難1890」の鑑賞を終えて
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               * 映画「海難1890」のポスター 


1月22日(金)、映画「海難1890」を鑑賞しました。
日本・トルコ合作の映画です。
 ーなぜあの時、トルコは日本を助けてくれたのか。

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 1890年9月16日未明 すべてはここから始まったー

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オスマン帝国の親善訪日使節団を乗せた軍艦「エルトゥールル号」は帰国の途中、串本大島樫野崎で台風に遭遇し、船は大破して沈没。さらに機関が爆発し、乗組員600名以上が嵐の海に投げ出され、、500名以上の死者を出した。

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荒れ狂う海で生命の危機にさらされたトルコ人を目の当たりにした地元住民たちは、台風の高波の中に身を投じて漂流者を助け上げるなど、献身的な救助活動を行い、乗組員69名の命が奇跡的に救われたのである。


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それから時を経た1985年3月。イラン・イラク戦争が長期化する中、サダム・フセインはイラン上空を飛行する航空機に対して48時間後に無差別攻撃の開始を宣言。各国が救援機を飛ばして自国民を脱出させるなか、日本はイランへの定期便を持っていなかったこともあって、救援機の派遣を即断できない状況であった。テヘランに残された邦人は300名以上。・・・・・緊迫した事態を打開するため、トルコへ日本人救出を依頼。その申し出を受けたトルコのオザル首相の英断により救援機がテヘラン空港へと向かった。この時空港に集まっていた215名の日本人は、攻撃の2時間前にテヘランからの脱出に成功した。

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映画を観ても解りますが、トルコ首相の英断は、自国民のことだけを考えればできなかったことでした。

その英断を支えたのは、「名もなき人々の真心」でした。 

 * 画像と文は、映画ポスター・スチール写真および劇場パンフレットより転写・引用しました。


2012年10月13日、私が串本大島を訪れた時の画像の一部です。

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                * トルコ軍艦遭難慰霊碑

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                * 海金剛と樫野崎灯台

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                * トルコ軍艦遭難場所

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                 * 串本大島の案内図

「海難1890」は、とてもいい映画でした。
大勢の日本人が、映画「海難1890」を鑑賞してくださることを願うと共に、まだ串本大島を訪れたことのない方は、ぜひ一度お越しください。 

      2016.1.23               くまお     


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