FC2ブログ
陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

柳生の里・答志島(高退協バス旅行 その2)
DSC_3024 (2)

                * 柳生家の菩提所  芳徳禅寺


11月17日(日)、紅葉の円成寺から柳生の里に向かった。

DSC_3015 (2)

 臨済宗(大徳寺派)の芳徳禅寺は、柳生但馬守宗矩(むねのり)が、亡父石舟斎宗厳(むねよし)の供養のため創建した寺で、開山は宗矩と親交のあった沢庵和尚である.。(芳徳禅寺のパンフレットより)

DSC_3030.jpg

早速、柳生家の墓所を訪ねた。

DSC_3034.jpg

柳生但馬守宗矩や息子の柳生十兵衛三厳(みつよし)の墓もあった。

DSC_3050_20191130100657fc2.jpg

そののち、一刀石まで足を延ばした。

DSC_3062 (2)

天乃石立神社があって、その奥には、

DSC_3058.jpg

一刀石と

DSC_3056.jpg

説明札。

柳生宗厳(石舟斎)は、剣豪で、柳生新陰流の開祖である。
柳生宗矩は、徳川家康・秀忠・家光の三代将軍に仕え、将軍家剣術指南役となった。
そののち、柳生但馬守宗矩は、大和国柳生藩の大名となった。

柳生の里から三重県の鳥羽市へ向かった。

DSC_3071 - コピー (2)

鳥羽港からチャーター船で、答志島の和具の港へ。

DSC_3086 - コピー (2)

答志島は鳥羽港から2.5㎞の沖合に浮かぶ、東西6㎞、南北1,5㎞にわたる伊勢湾最大の島である。
約2,000人が暮らしている。

DSC_3090 - コピー (2)

その夜は、和具の港近くの「寿々波」旅館に宿泊。
夕食前に裏山を散策。

DSC_3107 - コピー (2)

潮音寺

DSC_3112 - コピー (2)

蟹穴古墳などを観て回る。

DSC_3131 - コピー - コピー

暮れ行けば、対岸の鳥羽の港の灯が目の前に。

DSC_3132 - コピー

夕食は海の幸のてんこ盛り。

DSC_3185 - コピー

翌朝の風景。

DSC_3174 - コピー

今回は無精をして、旅館の部屋からの眺め。

DSC_3189 - コピー

朝食後、和具の港を散策。

DSC_3191 - コピー

九鬼嘉隆公の首塚へ。

DSC_3197.jpg

築上山(つかげやま)遊歩道を上ると、首塚があった。

DSC_3193 - コピー - コピー
DSC_3192 - コピー

鳥羽城主で九鬼水軍の将として活躍した、九鬼大隅守嘉隆公の首塚である。

DSC_3206.jpg    

父嘉隆と戦った息子の守隆の言葉

東軍に味方した息子守隆は、鳥羽藩の初代藩主として、江戸幕府三代に仕えた。

DSC_3207.jpg

首塚の傍らには、ひっそりとつわぶきの花が咲き

DSC_3203 (2)

親子間の悲話をみた伊勢の海を、今日もフェリーが通っていた。

       2019.11.18             くまお

今日のご訪問ありがとうございます。
下の「Comment」部をクリックすると別窓が開いてコメントの記入が出来ます。
お気軽にコメントをどうぞ。

Comment

 秘密にする

Copyright © 陶芸アトリエ高瀬川. all rights reserved.
Customized by Kumanomi