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陶芸を中心に愛犬柴犬、趣味の家庭菜園、釣り、テニスなどを画像入りで書いていました。今は花・自然・テニス・釣り・料理・旅行などを日記風に綴っています。

「若狭の旅」(小浜と山川登美子)
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* それとなく紅き花みな友にゆづり
 
       そむきて泣きて忘れ草つむ  登美子


15日の夜にはお逮夜がありました。
16日にはクマノミさんのご両親の法要とお墓参りを終えました。

17日はクマノミさんが高校時代を過ごした小浜に出かけました。

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 * 江戸時代、小浜藩主の酒井家が造った小浜藩校「順造館」の正門「順造門」
   「順造門」は若狭高校の正門横に移築されています。

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クマノミさんが高校三年間を学んだ若狭高校の正門です。

クマノミさんは小浜城址の近くに下宿して、勉学に励んだとのことでした。
小浜城は北川と南川に挟まれた河口の中州に築城されていました。


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若狭高校から小浜港へ行く途中で、「山川登美子記念館」に立ち寄りました。

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 * 父君に召されて いなむ とこしへの 春あたたかき 蓬莱のしま  登美子

この歌は登美子の辞世の歌です。

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落ち着いた中庭に面した部屋で、歌人山川登美子は亡くなりました。
その登美子の実家が「山川登美子記念館」になっています。


記念館より2kmほど離れた「小浜公園」に、登美子の歌碑があります。

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      * 髪ながき少女(をとめ)と生まれしろ(白)百合に

                額(ぬか)は伏せつつ君をこそ思へ  登美子 


与謝野鉄幹をめぐる二人の乙女(登美子と晶子)の恋物語は、いろいろ書物で語られています。

  * あたらしくひらきましたる歌の道に君が名よびて死なんとぞ思ふ

  * 君が手にふれにし日より胸の緒の小琴のしらべたゞにいわれぬ

と、登美子は鉄幹を慕う想いを歌にしました。

一方晶子は、

  * やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

  * 春みじかし何に不滅の命ぞとちからある乳を手にさぐらせぬ

と詠んで、妻子ある鉄幹のもとに情熱的に飛び込んで行きました。
登美子の歌集『恋衣』(合作集)、晶子の『みだれ髪』は対照的ですね。

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登美子は親の言いつけにより結婚した夫に先立たれ、自身も若くして亡くなりました。
晶子は鉄幹と結ばれ、11人の子供を産み育て、文学的名声を得ました。
世の人々は、勢い山川登美子に憐憫の情を懐くでしょう。

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    * 幾ひろの波は帆を越す 雲に笑み 北国人とうたはれにけり  登美子

私も少しさみしい想いを懐きながら、小浜公園を後にしました。

   2011.10.17            くまお




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  * 公園から見える小浜の海と街
   

    

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